最高裁判所第一小法廷 平成7年(オ)79号 判決 1997年10月09日
津市大字津興字柳山一五三五番地の三四
上告人
津医療生活協同組合
右代表者理事
堀尾清晴
右訴訟代理人弁護士
石坂俊雄
村田正人
福井正明
伊藤誠基
津市三重町四三三番地の六〇
被上告人
関口精一
右当事者間の名古屋高等裁判所平成六年(ネ)第一三四号慰謝料等請求事件について、同裁判所が平成六年一〇月二七日言い渡した判決に対し、上告人から一部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人石坂俊雄、同村田正人、同福井正明、同伊藤誠基の上告理由について
所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、是認し得ないではなく、原判決に所論の違法があるとはいえない。論旨は、原審で主張しなかった事由に基づいて原判決を論難するに帰するものであって、採用することができない。
よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 小野幹雄 裁判官 遠藤光男 裁判官 井嶋一友 裁判官 藤井正雄)
(平成七年(オ)第七九号 上告人 津医療生活協同組合)
上告代理人石坂俊雄、同村田正人、同福井正明、同伊藤誠基の上告理由
上告理由第一点
一、原判決は、本件写真は、著作物であると判断しているが、右判断は、著作権法の解釈・適用を誤ったものであり、その誤りが判決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。
二、原判決は、「著作権法によって保護されるべき著作物とは『思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの』(同法二条一号)をいうところ、右『思想』及び『感情』の意義は広い意味に捉えるべきもので、写真はカメラ・レンズ・フィルムなどの機材やその性能に依存するところが大きいものの、被写体の選定、撮影の位置・角度・時間の選択、カメラ・レンズ・フィルムなどの機材やその組合せの選択、光量の調整などについて撮影者の創意と工夫があれば著作物と認めるのが相当である。控訴人(被上告人)本人尋問の結果(第一、二回)及びこれによって真正に成立したと認められる甲第一号証、第二号証の一、二によれば、本件写真は、控訴人(被上告人)が被控訴人(上告人組合)の設立以前の昭和三五年三月二三日から昭和五〇年五月六日までの間に、被控訴人(上告人組合)の関係者や組合員、診療所建設工事を撮影した写真であり、控訴人(被上告人)自身の判断と趣向・工夫によって歴史的現象を創作的に映像化したものと認められるので、著作物と判断することができる。」と判示しているが、右判断は著作権法の解釈・適用を誤うたものである。
三、本件写真は著作権の対象にならない。
写真が著作物となるためには、「思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの。」(二条一項1号)でなければならない。写真の著作物は、写真機が決定的な役割を果たしており、著作者としての創作性は、主題の選択、カメラ・アングルの選択、露光の選択等において発揮されるにすぎず、非人格的、機械的であるので、その創作性については慎重に判断されねばならない。
原告撮影の写真は、生協の組合員運動会、高茶屋診療所開所、総代会等のスナップ写真や新診療所建設工事等のものであり、いずれの写真も主題の選択、カメラ・アングルの選択、露光の選択等に創意と工夫を要したものではなく、その場で、記録として残しておくためにシャッターを押しただけの素人写真であり、思想又は感情を創作的に表現したものとはいえず、文芸、学術、美術の範疇に属するものでもないから本件写真は著作権の対象とはならない。
従って、本件写真を著作物であると判断した原判決は、著作権法の解釈・適用を誤ったものであり、その誤りが判決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。
上告理由第二点
一、原判決は、職務著作は認められないと判示しているが、右判断は、職務著作についての解釈・適用を誤ったものであり、その誤りが判決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。
二、原判決は、職務著作につき、「職務著作が成立するためには、法人その他使用者の発意に基づき、使用者の業務に従事するものが職務として作成したもので、使用者が自己の名義の下に公表することが予定されたものであることを要するところ、前掲各証拠によれば、本件各写真は控訴人が被控訴人(上告人組合)設立以前の柳山診療所の事務長として在職していた時期(二枚)から被控訴人(上告人組合)の専務理事として在職していた時期(一〇枚)までの間に、右診療所及び被控訴人(上告人組合)の活動を控訴人(被上告人)の個人的発意で記録する目的の下に撮影したことが認められ、控訴人(被上告人)の前記各職務に関連がないとはいえないものの、被控訴人(上告人組合)の発意により控訴人(被上告人)がその職務として撮影したものとはいえず、さらに被控訴人(上告人組合)の名義で公表することが予定されていたと認めるべき証拠もない。なお、証人駒田拓一の証言及び控訴人(被上告人)本人尋問の結果によれば、本件写真を含む控訴人(被上告人)の撮影した写真が被控訴人(上告人組合)により保管されていたことや本件写真のうち何枚かが過去に被控訴人(上告人組合)の機関紙に掲載されたことが認められるが、右の事実では職務著作と認めるのは十分ではない。」と判示しているが、右判断は、職務著作についての解釈・適用を誤ったものである。
三、本件写真を撮影した当時の被上告人は、事務長と専務理事の職にあった。被上告人は、上告人組合の前身である柳山診療所の創設者であり、柳山診療所を開設と同時に事務長の職についたが、当時の職員は三名であり被上告人がその中で事務長ということは、柳山診療所運営の実務的最高責任者なのである。そして、昭和三五年四月柳山診療所は被上告人らの努力により発展して上告人組合が設立されたが、被上告人は設立当初から被上告人の専務理事に就任している(甲第一号証23頁)。当時の伊達理事長は非常勤であったため、被上告人の職務は、実質的には上告人組合の管理・運営の実務的最高責任者なのである(参考資料二号)。このことは、被上告人が「私には勤務時間というものはありませんでした。」(平成五年三月二四日付被上告人調書14項)と供述していることがその証左であり、被上告人は使用者の立場に一貫して立っていたのである。上告人組合の理事会規則(参考資料一号)第八~一〇条によれば、理事会は日常業務の執行として常任理事会を設置し、常任理事会は、専務理事に日常の業務を委任している。右規則の津医療生活協同組合組織機構図によれば明らかなとおり、専務理事が上告人組合の管理・運営の実務的最高責任者であり、理事長は日常の業務は行っていないのである。
従って、被上告人の発意は、即ち上告人組合の発意なのである。
被上告人は、その職務時間中に職務に関係した内容について、上告人組合の記録を残すために上告人組合の行事等の写真の撮影は全て自分がし(平成五年三月二四日付被上告人調書13項)、撮影した写真はすべて上告人組合のアルバムに残したのである(平成五年三月二四日付被上告人調書14項)。
右のことは本件写真をみれば一目瞭然である。
甲第二号証の一No.1、5は柳山診療所の職員を勤務時間中に診療所前に立たせて撮影したものである。職員の本来の仕事を中断させて、このような写真を撮影することができるのは、事務長である被上告人が命令したからである。上告人組合に関係のない部外者では、このような写真を撮影をすることな不可能である。
同号証No.4の写真は上告人組合の高茶屋診療所前の職員の写真であるが、この写真も前記写真と同様で専務理事である被上告人が命令したために、勤務時間中に診療所の前に職員を立たせて撮影ができたのである。
同号証No.6~10までの写真は、上告人組合の新診療所新築工事現場であるが、勤務時間中に工事現場に立ち入ってこのような写真を撮影できるのは、被上告人が専務理事であるからである。部外者は、このような場所に立ち入ることは不可能である。
同号証No.11の写真は、上告人組合の通常総代会の写真であるが、総代会は上告人組合の総代に選任されないと出席できない会合であるから、この写真も被上告人が専務理事であるがために撮影できたものである。
同号証No.12の写真は上告人組合の医師らが上告人組合の一室で会議をしている写真である。この写真は、医師らの会議写真であるから、通常は絶対撮影不可能なものであるか、このような写真を撮影できるのも被上告人が専務理事として上告人組合の管理・運営をしていたからである。
同号証No.2、3の写真は、上告人組合の活動状況を撮影したものである。
No.2の写真は、被上告人が専務理事の職にあるために、その仕事の一環として自由に勤務時間中に撮影できたのであり、単なる職員では自分の発意で勤務時間中たこのような写真の撮影にでかければ職務専念義務違反になる。
No.3の写真は、上告人組合の運動会を撮影したものであるが、この写真も被上告人が専務理事であり、上告人組合の記録を残すために撮影しているからこそ、写されている人も快く被写体になっているのである。
本件各写真が撮影できたのは、いずれも被上告人が事務長又は専務理事という実質的に上告人組合を代表する地位にいたからなのである。そのような地位にいたからこそ、被上告人は、上告人組合の歴史を記録するために職務時間中に仕事の一環として上告人組合の関係者や施設や行事を撮影し、上告人組合の記録として上告人組合のアルバムに保管していたのである。
そして、このようにして被上告人が撮影した写真は、甲第一三号証ごとく、昭和五〇年には一五年誌を作成した際に利用されたり(甲第一三号証15頁)、駒田証人が証言しているように、「甲第二号証の一のNo.1、2、4、5、11の写真は、上告人組合の機関紙『暮らしと健康』とか『記念誌』等に掲載されている。」(同証人調書10、16項、甲第一三号証)のである。
右の点を参考資料三号の一~八をもとに詳述する。
(1)、甲第二号証の一のNo.1の写真は、上告人組合の機関紙「暮らしと健康」の昭和五〇年四月二五日号に掲載されている(参考資料三号の一)。
(2)、甲第二号証の一のNo.2の写真は、上告人組合の機関紙「暮らしと健康」の昭和四五年一一月六日号に掲載されている(参考資料三号の二)。
(3)、甲第二号同証の一のNo.3の写真は、昭和四八年一〇月一四日に行われた「生協大運動会」のスナップ写真であるが、その写真と同一のものはないが、同時に撮影されたスナップ写真は、上告人組合の機関紙「暮らしと健康」の昭和四八年一〇月二五日号に多数掲載されている(参考資料三号の三)。
(4)、甲第二号証の一のNo.4の写真は、上告人組合の機関紙「暮らしと健康」の昭和五〇年六月二五日号に掲載されている(参考資料三号の四)。
(5)、甲第二号証の一のNo.5の写真は、昭和三五年柳山診療所開設当時の写真であり
甲第二号証の一のNo.1の写真の関連写真であり、右当時の関連写真は、上告人組ての立場にあるときに、勤務時間中に自己の職務の一環として、上告人組合の歴史を記録するために上告人組合に関する諸行事等を撮影してきたものであり、撮影した写真はその都度、上告人組合に提供され上告人組合において保管してきた。
右の点につき、被上告人は、「撮影した写真は、関係者に配付し、組合(上告人組合)にも記録としてアルバムに残してあり、また組合ニュースにも掲載していました。」(平成五年三月二四日被上告人調書11項)と述べ、「本件写真はまま組合に提供した」(甲第三号証)とも述べている。駒田証人は、「被告組合(上告人組合)には、三〇年間の写真やネガが保管されていますが、その中にはだれが撮影したのか分からないものもあります。これらは、被告組合(上告人組合)の財産として保管されております。」と証言(駒田調書12項)している。そして駒田証人は「甲第二号証のNo.1、2、4、5、11の写真は、(過去に)上告人組合の機関紙『暮らしと健康』とか『記念誌』等に掲載されている。」(同証人調書10、16項、申第一三号証)とも証言し、事実機関紙等に掲載されていることは前記記載のとおりである。
三、右のような事実経過からすれば、被上告人は、自己が撮影した陽画を上告人組合に提供した時点で、上告人組合が上告人組合内部においてその陽画を上告人組合の機関紙や記念誌等に使用することについては黙示の同意をしているか、著作権を放棄していることになる。
ところで、上告人組合の記念誌「光たばねて」は、上告人組合の創立三〇年・診療所開始三五年を記念して上告人組合の組合員が、組合員の手で、組合員に無粒で頒布する目的で作成したものであるかち(甲第一、五号証)、記念誌「光たばねて」の作成・発行は上告人組合内部におけるものである。
さすれば、右記念誌に被上告人の撮影した写真を掲載したとしても、それは、被上合一五年略史一五頁(甲第一三号証)に掲載され、機関紙「暮らしと健康」の昭和四七年一〇月二五日号にも掲載されている(参考資料三号の五)。
(6)、甲第二号証の一のNo.6~10の写真は、上告人組合の新診療所の工事現場の写真であるが、工事現場の写真は、上告人組合の機関紙「暮らしと健康」の昭和四六年二月一八日号から同年九月二五日号までの間毎月多数掲載されている(参考資料三号の六の一~九)。
(7)、甲第二号証の一のNo.11の写真は、上告人組合の機関紙「暮らしと健康」の昭和四九年一二月二〇日号に掲載されている(参考資料三号の七)。
右ような事実からすれば、被上告人の撮影した写真は、被上告人が勤務時間中に職務の一環として撮影したものであるから、明らかに上告人組合の専務理事の発意で撮影され、上告人組合の名義で公表することが予定されていたものなのである。
右の点を看過した原審の判断は、職務著作についての法律解釈・適用を誤ったものであるから、判決の結論に影響を及ぼすこと明らかであり破棄をまぬがれない。
上告理由第三点
一、仮に、本件写真が著作権の対象になったとしても、上告人組合との関係においては、被上告人は、本件各写真を上告人組合の機関紙や記念誌に掲載することに黙示の同意をしていたか、著作権を放棄していたことになる。
右の点を看過した原判決には、経験則違反、採証法則違反、審理不尽、理由不備の違法があり、ひいては著作権に対する法律解釈・適用を誤ったものであり、この誤りは判決の結論に影響を及ぼすこと明らかである。
二、被上告人が撮影した本件各写真は、前記記載のとおり被上告人が事務長、専務理事として、上告人組合及びその前身である柳山診療所の管理・運営の実質的責任者としての立場にあるときに、勤務時間中に自己の職務の一環として、上告人組合の歴史を記録するために上告人組合に関する諸行事等を撮影してきたものであり、撮影した写真はその都度、上告人組合に提供され上告人組合において保管してきた。
右の点につき、控上告人は、「撮影した写真は、関係者に配付し、組合(上告人組合)にも記録としてアルバムに残してあり、また組合ニュースにも掲載していました。」(平成五年三月二四日被上告人調書11項)と述べ、「本件写真はまま組合に提供した」(甲第三号証)とも述べている。駒田証人は、「被告組合(上告人組合)には、三〇年間の写真やネガが保管されていますが、その中にはだれが撮影したのか分からないものもあります。これらは、被告組合(上告人組合)の財産として保管されております。」と証言(駒田調書12項)している。そして駒田証人は「甲第二号証のNo.1、2、4、5、11の写真は、(過去に)上告人組合の機関紙『暮らしと健康』とか「記念誌」等に掲載されている。」(同証人調書10、16項、甲第一三号証)とも証言し、事実機関紙等に掲載されていることは前記記載のとおりである。
三、右のような事実経過からすれば、被上告人は、自己が撮影した陽画を上告人組合に提供した時点で、上告人組合が上告人組合内部においてその陽画を上告人組合の機関紙や記念誌等に使用することについては黙示の同意をしているか、著作権を放棄していることになる。
ところで、上告人組合の記念誌「光たばねて」は、上告人組合の創立三〇年・診療所開始三五年を記念て上告人組合の組合員が、組合員の手で、組合員に無料で頒布する目的で作成したものであるから(甲第一、五号証)、記念誌「光たばねて」の作成・発行は上告人組合内部におけるものである。
さすれば、右記念誌に被上告人の撮影した写真を掲載したとしても、それは、被上告人において撮影した写真を、上告人組合がその内部において使用しているのにすぎないのであるから、黙示的同意の範囲内である。
仮に、黙示的同意が認められないとしても、上告人組合が内部的に被上告人の撮影した写真を使用することについては、被上告人は、上告人組合との関係においては、著作権を放棄していることになる。
右の点を看過した原判決には、経験則違反、採証法則違反、審理不尽、理由不備の違法があり、ひいては著作権に対する法律解釈・適用を誤ったものであり、この誤りは判決の結論に影響を及ぼすこと明らかである。
上告理由第四点
一、原判決は、上告人組合に本件写真掲載につき、上告人組合に本件写真の著作権がないことを知っていたから故意があると判示しているが、右判断は、経験則違反、採証法則違反、審理不尽、理由不備の違法があり、ひいては故意・過失についての法律解釈・適用を誤っており、この誤りは判決の結論に影響を及ぼすこと明らかである。
二、原判決は、「証人駒田拓一の証言及び控訴人(被上告人)本人尋問の結果(第一、二回)並びに弁論の全趣旨によれば、被控訴人(上告人組合)が本件書籍に本件写真を掲載した際に、被控訴人(上告人組合)に本件写真の著作権がないことを知っていたのにもかかわらず、撮影者の承諾を得なくても問題がないと安易に考え、掲載した事実が認められる。」と判示し、さらに、「被控訴人(上告人組合)は、本件写真が被控訴人(上告人組合)の所有物と認識していたと主張し、故意を争うようにもみえるが、陽画の所有権の帰属と当該写真の著作物の帰属とは別問題であるし、前掲駒田証言及び控訴人(被上告人)本人の供述並びに弁論の全趣旨によれば、本件書籍の発行に先立ち「被控訴人(上告人組合)はその高茶屋診療所の開所一五年記念ビデオを作成するため、理事駒田拓一をして控訴人(被上告人)所蔵の被控訴人(上告人組合)の活動に関する多数の写真ネガ及び陽画を複写させた事実が認められる」から、被控訴人(上告人組合)の主張は到底採用できないところである。」と判示している。
しかし、右判示は明らかに誤っている。
三、上告人組合が本件写真につき著作権を有していないことを知っていたなどということはあり得ない。
本件写真に著作権があるといっているのは被上告人だけであり、駒田証人は「被告組合(上告人組合)には、三〇年間の写真やネガが保管されていますが、その中にはだれが撮影したか分からないものもあります。これらは、被告組合(上告人組合)の財産として保管されていました。」(同人調書12項)と証言しているように、被上告人以外には上告人組合に著作権がないことを認識していた等という証拠は存在しないのである。
原判決は、上告人組合の主張を否定する根拠として、前掲駒田証言及び控訴人(被上告人)本人の供述並びに弁論の全趣旨によれば、本件書籍の発行に先立ち「被控訴人(上告人組合)はその高茶屋診療所の開所一五年記念ビデオを作成するため、理事駒田拓一をして控訴人(被上告人)所蔵の被控訴人(上告人組合)の活動に関する多数の写真ネガ及び陽画を複写させた事実が認められる」からであるとするが、このような証拠は皆無であり、甚だしい採証法則違反である。
被上告人は、ビデオにつき「被告組合(上告人組合)副理事長(木場藤一郎と思われる)は、原告(被上告人)所蔵写真の許諾を得てビデオ化、その事業所で映写公開したことがありました。」(平成五年九月六日付被上告人調書一丁裏)と供述しているだけであり、主張でも駒田拓一証人がビデオ作成のために被上告人のところに来たなどとはいっていない。また、駒田証人の調書には、ビデオ作成のために被上告人に写真を借りに行ったなどという証言は皆無である。
原審が認定をしている「高茶屋診療所の開所一五年記念ビデオを作成するため、理事駒田拓一をして控訴人(被上告人)所蔵の被控訴人(上告人組合)の活動に関する多数の写真ネガ及び陽画を複写させた事実」など証拠上どこにも見当たらないのは勿論、弁論の全趣旨によっても認定できない。上告人組合の故意・過失を排斥した原審の判断は、偏見と独善に満ちた著しい採証法則違反であり、審理不尽、理由不備の違法があるといわざるを得ない。
四、故意・過失に対する判断は、証拠を公正に見れば、次のとおり、第一審判決と同様な判断にならざるを得ず、上告人組合に故意・過失はないのである。
1、記念誌「光たばねて」は、上告人組合の創立三〇年・診療開始三五年を記念して、その発行が企画され、組合員に対して原稿の募集、当時の写真・資料の提供を呼び掛け、組合員など上告人組合関係者の投稿や座談会記事を中心として編纂されたものである(甲第一、五号証)。
2、上告人組合には、その活動や行事等を撮影した多数の写真が組合財産として保管されていたので、本件記念誌の編集に際し、右保管中の写真の中から記念誌にふさわしいものを選択して本件記念誌に掲載したものであり、その中本件各写真も含まれていたものである(駒田証人12項)。
3、ところが、上告人組合においては、撮影者から提供された写真を写真ファイルに入れて保管していたが、各写真には撮影者の氏名は記載されておらず、しかも上告人組合の保管する写真は多数で、かつ三〇余年間にわたるものであるため、撮影者不明ものが大半であり、ことに歳月を経過した写真については撮影者も特定することは事実上不可能であった。本件写真も被上告人から提供されたものであったが、右提供に際して被上告人は本件写真に自己の氏名を記載しなかったので、撮影者不明の写真として保管されていたものである。
そのような実情であったので、上告人組合は、被上告人から著作権侵害の抗議を受けて、初めて本件の記念誌に掲載した写真の中に被上告人撮影の写真が含まれている事実を知ったものの、どの写真が被上告人の撮影したものか分からず、その特定を求め、ようやく本件写真が被上告人の撮影したものであることを確認できたのである。
4、上告人組合は、被上告人が専務理事として在職した時代から「暮らしと健康」という機関紙を発行しており、右機関紙には上告人組合の保管する写真がしばしば掲載されたが、その掲載に際して撮影者の承諾を求めたことはなく、撮影者から苦情をいわれたこともなかった(駒田調書8、12項)。なお、本件各写真のうち甲第二号証の一のNo.1、2、4、11の四枚の写真は過去に右機関紙に掲載され、その余の写真も関連写真が多数機関紙に掲載されていた(駒田調書10項、参考資料三号の一~七)
5、本件記念誌の編集者は、本件記念誌は上告人組合の内部的出版物で、上告人組合の創立三〇年・診療開始三五年を記念して発行するものであり、しかも本件各写真はいずれも上告人組合及びその前身である柳山診療所の関係者や行事を撮影したもので、撮影者が明記されていないものであったことから、本件各写真を上告人組合の内部的な行事あるいは出版物のために利用されても構わないという前提で撮影者から提供されたものであると考え、撮影者の承諾を得ずに本件各写真を本件記念誌に掲載してものである(参考資料四号)。
以上の認定事実からすれば、上告人組合には本件各写真に無断掲載が著作権侵害になるとの認識はなかったものと認められ、また、上告人組合が撮影者の承諾なしに本件各写真を本件記念誌に掲載してもかまわないと判断したことについては、無理からぬ事情があったというべきであるから、本件各写真の無断掲載による著作権侵害行為につき、上告人組合に故意はおろか過失責任を認めることは困難というべきである。
証拠を公正に見て、採証法則に従った判断をすれば、前記のとおりの判断に至たるのであるから、原判決の判断は、故意・過失に対する経験則違反、採証法則違反、審理不尽、理由不備の違法があり、ひいては故意・過失についての解釈・適用を誤ったことになり、この誤りは判決の結論に影響を及ぼすこと明らかである。
上告理由第五点
一、原判決は、侵害された権利は、著作者人格権のうち公表権と氏名表示権が侵害されたとしているが、右判断は、経験則達反、採証法則違反、審理不尽、理由不備の違法があり、ひいては民法七〇九条の不法行為責任に対する法律解釈・適用を誤ったものであり、この誤りは判決の結論に影響を及ぼすこと明らかである。
二、被上告人は、「撮影した写真は、関係者に配付し、組合(上告人組合)にも記録としてアルバムに残してあり、また組合ニュースにも掲載していました。」(平成五年三月二四日被上告人調書11項)と述べ、「本件写真はまま組合に提供した」(甲第三号証)とも述べている。駒田証人は、「被告組合(上告人組合)には、三〇年間の写真やネガが保管されていますが、その中にはだれが撮影したのか分からないものもあります。これらは、被告組合(上告人組合)の財産として保管されております。」と証言(駒田調書12項)している。そして駒田証人は「甲第二号証の一のNo.1、2、4、5、11の写真は、上告人組合の機関紙『暮らしと健康』とか『記念誌』等に掲載されている。」(同証人調書10、16項、甲第一三号証)とも証言し、前記記載のとおり本件各写真のうち甲第二号証の一のNo.1、2、4、11の四枚の写真は過去に右機関紙に掲載され、その余の写真も関連写真が多数機関紙に掲載されていたのである(参考資料三号の一~七)
右のような事実経過からすれば、被上告人は、自己の撮影した写真のうち上告人組合に関係あるもので、上告人組合に陽画を提供したものについては、上告人組合内部における機関紙、記念誌に掲載することは、黙示的に同意していたと考えるのが、通常の経験則である。
従って、上告人組合が被上告人の著作者人格権のうちの公表権及び氏名表示権を侵害していることにはならない。
また、原判決は、「過去において被控訴人(上告人組合)の機関紙に掲載されたもの(写真)は除かれることになるが、本件写真のうちどれが掲載されたものかは証明されていない。」と判示しているが、右判示は明らかな誤りである。駒田証人は「甲第二号証の一のNo.1、2、4、5、11の写真は、上告人組合の機関紙「暮らしと健康」とか「記念誌」等に掲載されている。」(同証人調書10、16項、甲第一三号証)と明確に証言しているし、その事実は、前記記載のとおり参考資料三号の一~七から明らかである。
従って、原判決の公表権、氏名表示権を侵害したとの判断は、経験則違反、採証法則違反、審理不尽、理由不備の違法があり、ひいては、民法七〇九条の不法行為責任に対する法律解釈・適用を誤ったものであり、右誤りは判決の結論に影響を及ぼすこと明らかである。
上告理由第六点
一、被上告人に著作者人格権があったとしても、本件のような事案においては、著作権を主張をするのは、権利の濫用であり許されない。右の点を看過した原判決は、審理不尽、理由不備の違法があり、ひいては、民法一条の法律解釈・適用を誤ったものであり、右誤りは判決の結論に影響を及ぼすこと明らかである。
二、記念誌「光たばねて」の発行と本件写真掲載の経緯。
1、記念誌「光たばねて」は、上告人組合の創立三〇年・診療開始三五年を記念して、その発行が企画され、組合員に対して原稿の募集、当時の写真・資料の提供を呼び掛け、組合員など上告人組合関係者の投稿や座談会記事を中心として編纂されたものである(甲第一、五号証)。本記念誌の表紙画は被上告人の妻関口常子が描いたものであり、同人は 本記念誌の巻頭言的文書「祝いましょう、三〇年」も書いている。被上告人も創立者として「草創期を語る」の座談会でトップで発言をしている(甲第一号証二枚目・目次欄、座談会欄参照)。
2、上告人組合には、その活動や行事等を撮影した多数の写真が組合財産として保管されていたので、本件記念誌の編集に際し、右保管中の写真の中から記念誌にふさわしいものを選択して掲載したものであり、その中に本件各写真も含まれていたものである(駒田証人12項)。
右の点につき、被上告人も、「撮影して写真は、関係者に配付し、組合(上告人組合)にも記録としてアルバムに残してあり、また組合ニュースにも掲載していました。」(平成五年三月二四日被上告人調書11項)と述べ、「本件写真はまま組合に提供した」(甲第三号証)とも述べている。
三、しかも、被上告人が撮影して本件各写真は、被上告人が事務長、専務理事として、上告人組合及びその前身である柳山診療所の管理・運営の実質的責任者としての立場にあったときに、勤務時間中に自己の職務の一環として、上告人組合の歴史を記録するために上告人組合に関する諸行事や施設や関係者等を撮影してきたものである。
四、被上告人は、陽画を上告人組合に提供し、ファイルまでして上告人組合のものとして管理し、過去に上告人組合に機関紙等に掲載してきたのである。
ところが、被上告人は、本件記念誌に上告人組合が本件写真を掲載すると突如として著作権を主張してきた。前記のとおり、本件記念誌では、被上告人は上告人組合の創立者として妻常子ともに相応しい扱いを受けているのにもかかわらず、極めて唐突に著作権の侵害を主張をして、自分が創立し、育てた上告人組合を刑事告訴するまでに至ったのである。
今回の被上告人の唐突な著作権侵害の主張は、著作権を侵害されたと心より思ったからではなく、本件記念誌発行当時の落合理事長や編集委員の一部の者が被上告人の感覚からすれば、好ましくないと考えたがための主張である可能性が強い。このことは、被上告人の第一審の準備書面や第二審の一九九四年(平成六年)七月一二日付準備書面をみれば看取できる。
被上告人が真に本件各写真の著作権を主張する意思があったのならば、陽画の裏面または写真ファイルの余白部分に自己が撮影した写真であるから自己に著作権がある旨を分かるように表示をしておけばよいのである。そのような用意な労もとらずに、前記記載ような経緯で撮影され、上告人組合に保管されていた写真を上告人組合が内部的記念誌に掲載したことをとらえて、事務長、専務理事の職にあった被上告人が、突如として著作権を主張することは明らかな権利の濫用であり許されない。
右の点を看過した原判決は、審理不尽、理由不備の違法があり、ひいては、民法一条の法律解釈・適用を誤ったものであり、右誤りは判決の結論に影響を及ぼすこと明らかである。
以上
(添付参考資料省略)